ろ過用途の多孔膜:歴史的経緯

材料技術

多孔膜材料のろ過から選択分離への活用の進展

多孔膜・多孔質膜の主要な活用用途はろ過用途です(過去記事はこちら)。このろ過用途としては歴史的にさまざまなろ過を行う対象があり、また、ろ過目的の技術的な進展に伴い、材料やろ過対象の拡がりを見せています。

多孔膜がろ過材料として、技術的な進展が始まったのは1900~1960年代にかけてです。この技術進展の背景には、液体・物質の膜透過に関する基礎・応用研究の進展があります。1960年~1980年代にかけては、逆浸透膜(RO)の開発から孔径による分離技術の体系が整理されたこと、非対称膜の実用、さまざまな合成ポリマーによる多孔膜材料の実用化などが進みました。1980年以降は、ろ過から選択的な分離という概念に変化し、分離対象も液体以外に、電解質や気体などに広がり、ガス分離、電池用隔膜などの用途の拡がりを見せています。

時代材料・技術ろ過目的・技術主なろ過対象
〜19世紀砂・木炭・フェルト・紙・綿布濁度除去、
粗大不純物の物理的捕捉
飲料水浄化、産業排水の粗ろ過
様々な液体のろ過
1900〜1960年代コロジオン等(セルロース系,Zsigmondy)
セルロースアセテート/ニトロセルロース膜(Sartorius量産)
孔径の人為的制御の萌芽→
規格化された孔径(0.1〜10μm)
微生物学的検査,水質検査
無菌性, 医薬品・飲料水除菌ろ過
1960〜1980年代非対称膜(Loeb-Sourirajan法)、RO脱塩膜
PTFE・PVDF・PES・PSF・PP・PAN、 中空糸膜技術
高透水性と高選択性の両立
耐薬品性・耐熱性、生体適合性、モジュール化
海水淡水化,産業排水処理,乳製品濃縮
人工透析,飲料水浄化の大規模化,ガス分離
1980年代〜現在薄膜複合(TFC)膜、界面重合法
セラミック膜、有機-無機ハイブリッド、ナノファイバー(エレクトロスピニング)
気体分離膜、正浸透(FO)膜、MOF・グラフェン系新素材
ナノオーダー選択性、イオン・有機物選択除去
耐久性・長寿命化、ファウリング耐性、ウイルス除去精度
省エネルギー分離、透過性-選択性トレードオフの克服
半導体用超純水製造,軟水化,有価物回収
バイオ医薬品製造,LiB用セパレータ,燃料電池,不織布防護材
CO2回収・脱炭素,水資源循環,次世代電池,先端半導体プロセス  

19世紀以前の多孔膜のろ過用途での活用

最も古い多孔質膜の濾過用途の使用は、古代エジプトやローマでの、砂・炭・織物・多孔質の岩石(軽石など)による穀物や酒(ビール)を漉したことや、素焼き陶器(unglazed ceramics)の水の浄化容器としての使用といった、飲用の水系液体のろ過です。また、オリーブや植物油のろ過など、有機油系のろ過なども行われました。

また、医薬品の用途で、煎じかすの除去などのためにろ過が行われました。砂糖などでは、脱色のための吸着+ろ過がありました。これらの純度向上、精製を系統的に行うために、実験用の化学操作としてのろ過が行われるようになってきました。

これらろ過のための材料は、基本的に天然素材であり、場合により布・紙などの多孔質膜形態への加工による活用もされてきました。その中で、飲用水、油、医薬、精製等、現代のろ過ニーズにも通じた用途が広がっていったように思います。

用途使用された多孔質材料濾過対象ろ過目的
飲用水砂、礫、素焼き陶器、布、軽石濁り・浮遊物飲用水系の液体ろ過
酒類布(サッカス)、編みかご澱・搾りかす
圧搾布果肉・水分有機油系の液体ろ過
医薬・生薬布、フェルト煎じかす医薬品のろ過
砂糖骨炭+布色素・不純物材料の精製(吸着+ろ過)
化学操作羊毛フェルト、素焼き漏斗沈殿物・結晶純度向上のための実験的ろ過

膜透過の研究と、ろ過・分離・多孔膜技術の進展の関わり

天然材料、布や紙の活用により様々なろ過用途はありましたが、これが現代のような多彩な用途活用に広がったのは、19世紀から20世紀以降の膜透過の研究の進展が影響していると思います。ここでは、少し深めの話になりますが、膜透過研究とろ過・分離膜技術の進展のつながりを見ていきたいと思います。

膜透過の研究は、実は紙や布などの多孔膜から始まったのではなく、「半透膜」と呼ばれる膜から始まっています。現象の発見は18世紀のNolletが起源とされていますが、実質上はFickによる膜拡散の法則が起点になります。また、Fickはニトロセルロースという合成膜で研究を行っています。

その後、半透膜による拡散現象の研究が進みました。これらにより透析や浸透圧のような、後の選択透過膜につながる概念が現れてきます。一方、これらの研究は、実は多孔膜という構造を前提としていなかったのですが、Bechhold、Zsigmondyといった、多孔膜構造を前提とした材料やろ過理論が現れてきました。Loeb-Sourirajanの非対称膜はこの半透膜と多孔膜の合わさったような構造の逆浸透膜です。

これらの半透膜・多孔膜の膜透過の理論は現在も議論されているテーマですが、これらの研究が、ろ過膜・選択分離膜の基礎となってきました。また、これらの研究段階で、半透膜・多孔膜のどちらにもセルロース系の膜が使われてきたのは興味深い経緯です。

年代人物貢献キーワード・キーイベント意義
1748Nollet浸透現象の発見動物の膀胱膜(diaphragm)を介した水の透過現象を報告。「オスモシス(浸透)」命名。出発点
(半透膜)
1855Fick拡散法則、合成膜生体液の透析。セラミック製筒(thimble)にニトロセルロースをコーティングし、拡散に関する数理法則(フィックの法則)を発表。理論的基盤 (半透膜)
1861-66Graham透析概念コロイドと結晶質を分離する「ダイアリシス(透析)」概念を体系化。膜を介した拡散速度の違いから物質の分子サイズによる選択的透過が発想分子サイズ選択性
(半透膜)
1867Traube人工半透膜フェロシアン化銅の沈殿から作られた人工半透膜を初めて作製。浸透圧研究の基盤。人工膜設計の先駆け
(半透膜)
1877Pfeffer浸透圧の定量測定厚く高圧に耐える膜を開発し浸透圧を精密測定。後にvan’t Hoff(1887年)の「浸透圧の法則」の実験的基盤として物理化学(熱力学)に結びつく熱力学との接続
(半透膜)
1907Bechhold「限外濾過」命名、孔径制御段階的に孔径を制御できる技術を考案。「限外濾過(Ultrafiltration)」の用語を命名孔径設計思想の確立
(多孔膜)
1911Donnan膜平衡理論透析しない電解質が存在する場合の膜平衡と膜電位の理論(ドナン平衡)を提示電気化学的基盤
(半透膜)
1918Zsigmondy非対称構造フィルター供給側に緻密な薄いスキン層、透過側に開いた構造を持つ非対称多孔質フィルターを開発構造的先駆け (多孔膜)
1960Loeb-Sourirajan非対称酢酸セルロースRO膜UCLAで海水淡水化用の酢酸セルロース膜についてブレークスルー。非対称構造(asymmetric structure)。実用化の突破口 (半透膜+多孔膜)

まとめ

ろ過用途の多孔膜材料は、歴史的に飲料水、酒、油、医薬、精製などの用途がありました。一方、19~20世紀にかけて膜透過の研究から、多孔膜・選択透過膜としての基礎・応用研究が行われたことにより、理論的なバックグラウンドが広がり、1960年以降の、ろ過・選択分離膜としてのさまざまな用途の開発・拡大につながってきたと考えられます。

多孔膜・分離膜の歴史・基礎・用途に関して、今回の記事を参考にしていただけるとうれしいです。

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